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道化師は微笑う。

TOA中心二次創作サイト。

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『知らぬは~』現在編⑪

障気に覆われた街―――アクゼリュス。

そこはかつてよりも更に閑散としていた。
人間どころか、動物や魔物の気配一つない。
街の入り口には無残に折られ打ち捨てられた立て看板が転がっていた。
『人体に有害なガスの発生を確認したので、街と鉱山への立ち入りを禁止する』
掠れた文字であったが、マルクト皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト九世の名を読み取ることもできる。
皇帝の名を記した看板を叩き折ったあげくの不法侵入。街にいた人間はそこにいたというだけで犯罪者として捕まる理由がある。街から移動させるのに本人の了承は必要ないだろう。
「誰もいないみたいだな」
街の中を見渡しガイが呟く。ひとっ走り街の中を回ってきた方がいいだろうか、と。
「先遣隊が退去させたようですよ」
風で飛ばされないようにと、街の入り口付近の民家の壁に張り付けられていた自分宛のメッセージを見つけたジェイドが、それを一読して答える。
海路でアクゼリュスに向かったジョゼット率いる白光騎士団と、街道の使用許可の報せを受けて駆けつけたマルクト軍は、無事この地で合流できたようである。マルクト軍の指揮官をアスラン・フリングスが務める以上、両国の軍人の間に諍いが起こるという心配は必要ないだろう。
デオ峠で出会わなかったことから、先遣隊は海路でグランコクマに向かったものと考えられる。救助された身とは言え全員が犯罪者だ。ここに残った場合とどちらが幸せだったのでしょうねぇ、とジェイドは思案する。この地にいた人々が全員無事救助されたことを素直に喜ぶルークの手前口に出すことはしなかったけれど。
「我々のやることはなさそうですし、帰りましょうか?」
ジェイドの提案にルークは首を傾げた。アクゼリュスに来たのは住民―――と思っているのはルークとイオンぐらいで、他の者たちからしてみれば不法侵入した犯罪者でしかない―――の救助だけが目的だったわけではないはずだ。
「そうね。無事使命を果たしたことを国に報告する必要もあるでしょうし」
「そうだな(ですよ~)」
ティアに続き、アッシュ・ガイ・アニスも「さぁ帰ろう。とっとと帰ろう」とルークの背を押す。イオンはニコニコしているだけだ。ミュウは丸い目を更に丸くしていた。
驚いているのは自分とミュウだけという状況に少々疎外感を感じるルークだった。
正しい反応をしているのはルークだ。彼らの最終目的は世界を救うことにあった、はずだ。ただ何のために世界を救うのかという部分で、ルークとそれ以外の認識は大きく違っていた。そしてその隔たりにルークとミュウだけが気付いていないため、時々出てしまう周囲の本音に二人――― 一人と一匹だけが取り残されてしまうのである。
「アクゼリュスを放っておくのかよ?」
「無人の街を訪問しても意味がありません。どうしても、とおっしゃるのでしたらアクゼリュスから避難した住民たちを慰問してやってください」
いやいやいや、だから親善大使としてならそれでいいのだろうけれど、今回アクゼリュスに来た本当の目的はそうじゃないだろ、と思っているのはルークだけだろうか?
もちろんそんなことはない。ただ、わかっていても皆目を背けたいだけなのだ。
坑道の奥へ向かうことを先延ばしにしたいのか、それとも何か切欠の訪れを待っているのか。
「それでは皆さん、親善大使殿のご要望でもありますし、キムラスカに戻る前にセントビナーに寄って行きましょうか」
「へ? グランコクマじゃないのか?」
グランコクマに連行されたのは不法侵入の罪で逮捕した犯罪者だ。キムラスカの王族と会わせてよい相手ではない。
アクゼリュスの元住民は数年前に街を出てマルクト国内の様々な場所で新しい生活を送っている。アクゼリュスから最も近いということもありセントビナーには今も多くの移民が暮らしていた。数年前にアクゼリュスを出た人々を今慰問することにどんな意味があるかはわからないが、それでルーク・フォン・ファブレをアクゼリュス救援の親善大使に任命した国に対する義理が果たせるのであればそれでいい。
国王たちがルークをアクゼリュスに送り込んだ本当の理由なんて百も承知だ。しかし彼らが真実を隠しアクゼリュス救援のための親善大使という建前を貫き通すのであれば、それを利用するのも悪くはない。アクゼリュスの住民―――といっても不法占拠の犯罪者である―――の救助は完了している。ルーク・フォン・ファブレはアクゼリュスの元住民が多く住むセントビナーを慰問した後、帰国。これで道理は通るだろう。
そうなった時のキムラスカ国王やモースの顔が見てみたいものですねぇ~、とジェイドは思う。実際にそれを試す機会(チャンス)がないことも理解していたけれども。
「それにしても、遅いですね」
ヴァンたちがここで仕掛けてこないはずはないのだ。てぐすね引いて待っているというのに、中々現れないヴァン―――自ら来るとは思っていないが―――に痺れを切らし、半ば本気でアクゼリュスを出て行こうとした時だった。
「グランツ響長ですね? 自分はハイマンであります」
声を掛けてきたのは教団服を着た男だった。あまりよく覚えてはいなかったが、それはかつてと同じ男のような気がした。あの時は深く考えなかったけれど、今思えば彼はモースの部下ではなく、自分をアクゼリュス崩壊に巻き込みたくなかった兄の部下だったのだろう、とティアは思う。そしてその推測は多分正しいのだろう。
リグレットとラルゴの他にもまだヴァンに心酔するものがいるのだろうか。それとも騙されているだけなのだろうか。たぶん後者だろう。もしかしたら神託の盾兵ではなく金で雇われただけの者である可能性だってある。
男はティアには第七譜石らしき物を発見したので確認のため共に来て欲しいと言い、ルークたちには坑道の奥で住民らしき影を見かけたので確認しに行った方がいいのではないかと言った。
確かにティアが最初にモースから受けた命令は第七譜石の探索であった。しかし今現在モースが最も優先している事はアクゼリュス消滅預言の成就である。そのためにティアを親善大使一行に同行させたのだ。今ルークの傍を離れることをモースが望むはずはないだろう。もちろんティアにモースの命令を遵守しなければならない理由はないが。
さてどうしたものかしら、とティアは仲間たちに目を向ける。
「罠だな」
「罠にきまってますよ」
「罠でしょうねぇ」
アッシュの言葉にルークが大きく頷き、アニスの横ではイオンが相変わらずニコニコしている。今回イオンは譜石の確認をティアに命じたりはしなかった。まぁ当然である。ジェイドは呆れたふうに両手を広げて首を竦め、その後ろで腕組みをしたガイが小刻みに頷いていた。
男の存在は彼らの眼中にはない。
一刻も早くティアを安全な場所に連れて行きたいのだろうが、ルークたち―――正しくはルークとイオンとミュウを除く者たちであるが―――の雰囲気に口を挟む根性が男にはなかった。
どうしますか? とジェイドが仲間たちを見遣る。
どうするも何も行くしかないのだけれど―――そう考えているモノがこのパーティー内に何人いるだろうか? 坑道の奥でいくら待っても来ないとも知らずルークとイオンを待ち続けるヴァンを想像し、口許に笑みを浮かべたモノは「行かない」という選択肢を胸に秘めたモノたちである。誰とは明言しないが・・・・・・。
それでも男の言葉に従うことにしたのは、騙されたふりをして騙し返すのも一興であると思ったからだった。
「ちょっと待て」
坑道に向かおうとしたルークの腕を取りアッシュがその耳に何かを囁く。回線を使わずに耳打ちなのは、男の存在を配慮したからではなく、傍にいるということを実感したかったからだろう。そのまま引きずるようにルークを連れて近くの朽ちかけた民家に消える。
「あまり彼をお待たせしてはかわいそうですよ。お二人とも早くしてくださいね」
かわいそうなど欠片も思っていないくせによく言うものである。男を出汁にしてはいるが、アッシュに対する嫌がらせなのはバレバレだった。アッシュが何をしようとしているのか、ジェイドには察しが付いているようである。それ以外の者たちは何のためにアッシュがルークを連れて行ったのかわかっていなかった。一番理解できていないのは連れ攫われたルークだったかもしれないが。
二人が戻ってきたのは数分後だった。
その姿を見た瞬間、家の中で何をしていたのかジェイド以外にもわかったのだろう。ティアは二人を凝視しそれから慌てて目を逸らす。アニスは両手を口に当て、どうやら必死に笑いを堪えているようである。ガイは何故か破顔していた。一体何がそんなに嬉しいのだろう。ミュウは珍しくご主人様に飛び付いたりしなかった。イオンだけはいつも通りニコニコしている。ジェイドは消える前と同じニヤニヤとした笑みを浮かべたままだ。
(さっきと何もかわっていないではないか? 何が面白いのだろう)
ただ一人、ティアを呼びに来た男だけが彼らが笑う理由がわからないらしく、首を傾げてその様子を眺めていた。



今までのやり取りは何だったのだろうか?
考えたところで答えの出ない問題に、男は先程見たばかりの親善大使一行の奇妙な行動については忘れることにした。忘れずに報告していたら結果は変わっていたかもしれないと思うのは、すべてが終わってからの話である。人はそれを後の祭、もしくは後悔先に立たずと言う。
「案内してください」
散々待たされ、無理やり見せられた奇行に悩まされ、任務遂行は無理かなぁ~と頭を抱えていたところだっただけに、ティアの言葉に男はほっと胸を撫で下ろした。
男にとって何より恐ろしいものは己の上司だった。「無理でした」などと言おうものならどんな目に遭わされることか。
ほんの数ヶ月前までは二千人程いた同僚も今は数えられる程度しか残っていない。大半の者は導師奪還の任務に失敗し処分されたと聞いた。あの任務の時自分は実働部隊に加わっていなかった。それ故処分は免れた。自分は幸運だったのだ、と男は思い込んでいた。奪還任務の真相と己の不運を男が知るのはもう少し未来(さき)の話である。
男に与えられた任務はティア・グランツを街の外に停泊させてある陸艦に連れてくることと、キムラスカ王国がアクゼリュスに遣わせた親善大使、ルーク・フォン・ファブレと導師イオンを坑道の奥へ向かわせることだった。
何故そんな事を上司は命じたのだろうか?
ティア・グランツがヴァン・グランツの妹と知り、前者の理由はわかったが、わからないのは後者である。それでも任務に疑問を持つのは自分の仕事ではない。男は言われたことを実行するだけだった。
男はティアの顔もルークの顔も知らなかった。
しかし街の入り口にいる数名の男女を見て誰が誰であるかは直ぐにわかった。いや名前がわからない者も未だいるがそれはさして重要なことではなかった。
ティア・グランツ―――ヴァン謡将の妹というから女性であることを疑う必要はない。一行の中に女は二人だった。マロンペーストの髪は謡将の髪や髭と同じ色だ。彼女が妹であると思って差し支えないだろう。
それに、もう一人の少女は服装から導師守護役(フォンマスターガーディアン)であることが窺える。
ルーク・フォン・ファブレ―――赤い髪に緑の瞳はキムラスカ王族の特徴である。その稀有な特徴を有した青年は一人しかいなかった。いや一人髪と瞳の色を確認できない人物がいたがその男が着ている服は教団の詠師服である。神託の盾(オラクル)兵であると考えるのが妥当だろう。よってその人物は対象から除外される。
導師イオン―――彼に関しては顔を知っているのだから間違えようがなかった。
残りはマルクト軍の青い軍服を着た男と、金髪の青年。何者であるのかまったくわからないのは金髪の青年だけであったが、目的の人物ではないということははっきりしているので、男にとっては青年の正体などどうでもよいことだった。
「一人で大丈夫ですか?」
導師が心配そうに声を掛ける。
「直ぐに追いつきます。先に行っていてください」
ティアは問題ないと笑って見せるが、導師の表情は変わらなかった。
ティアが心配で街の入り口から動こうとしない導師に痺れを切らしたのか、それとも別の理由があるのか赤い髪の青年が「アッシュ」と教団服の男に声を掛ける。その名前には聞き覚えがあった。特務師団師団長・鮮血のアッシュ。会ったことはなかったが噂ぐらいは聞いている。何故ここにと思ったが、同時に彼が導師付きであったことを思い出す。
仮面の男は大きく頷くとティアの傍に寄った。一人であることが心配ならば、誰かを付ければよい。彼はそう考えたのだろう。
導師付きが導師以外の言葉に従うことに導師は何も言わなかった。親善大使一行に同行した時点で導師といえども大使の決定に従う立場となる。部下の一人や二人貸し出すこともやむをえないというわけだ。もちろんティアの身を心配する導師にその提案は渡りに船だったということもあるのだろう。
そんなふうに男は考えた。実際はもっと複雑な事情や人間関係が関与しているのだが、もちろん男がそれに気付くはずがない。そこまで勘繰る必要も感じていなかった。
ティア・グランツを連れて来いと言われた。ルーク・フォン・ファブレと導師を坑道に向かわせろと言われた。それ以外の同行者の動向についての指示は受けていない。連れて来るなと言われていないのだから連れて行っても構わないだろう。
男に仮面の男の同行を拒否する理由はなかった。上司に言われた三人がおとなしく従ってくれるのであればそれでよかったのだ。



タルタロスの船室の一つで、リグレットはティアが来るのを待っていた。
第七譜石という餌でティアは釣れるだろうか? それは逆に罠だと言っているようなものではないだろうか? しかし罠だと気付けばティアはあえて嵌ってみようとするのではないだろうか? どちらにしても彼女はもう直ぐここにやってくる。リグレットは半ば確信していた。そしてその確信はあまり時を置かずに現実となる。たった一つの、しかし大きすぎる誤算と共に。
「ここに譜石が?」
訝しげなティアの声が鋼鉄の壁に反響する。
当然だろう。彼女はタルタロスがマルクトの陸艦であることも、その船をリグレットたちが奪って逃げたことも知っているのだ。
案内された先がタルタロスであるとわかった瞬間、導師たちの元に戻ってもおかしくはない―――その場合は力尽くでも連れて来るように命じてあった。
ティアがそうしなかったのは、彼女にとって預言の成就よりも兄の真意を知ることの方が重要であるからだろうか。
それがティアと対面する場所にタルタロスを選んだ理由の一つだった。ここに自分かあるいはヴァン本人がいると思えば、罠だとわかっていてもティアはやってくる。彼女はそういう娘だった。
「よく来たな。ティア」
リグレットの視線はティアよりもその後ろに控えたフードと仮面の男の方に釘付けとなった。何故ここにという思いと、理由などどうでもいい運命は自分達に味方しているようだという思い。彼女は迷わず後者を選んだ。それが激しく勘違いであると気付けるだけの冷静さを持ち合わせてはいなかったのだ。
「アッシュも一緒とは、好都合だな」
ヴァンはアッシュを計画実現のために失えない駒だと言っていた。身代わりのレプリカを作ったのも、アッシュの機嫌を取るためにある程度の自由を許していたのも、そのためだった。「少々好きにさせすぎたようだがな」とあのヴァンでさえアッシュの扱いには手を焼いていた。それでもそれを言った彼は笑っていた。アッシュが知ればその余裕はどこから来るのだ? と馬鹿にしただろう。しかしリグレットは余裕の表情を浮かべるヴァンに器の大きな男だと更に惚れ直したのだ。恋は盲目とはよく言ったものである。
「リグレット、し・・・ヴァンは何をしようとしているんだ? 世界を救うのではなかったのか」
アッシュには潔癖な所がある、とヴァンは言っていた。だから彼には計画の全貌を教えないのだ、と。アッシュはヴァンの理想に共感したとしてもその過程で犠牲となる者が出るとわかれば協力はしないだろう。
オリジナルの人間と大地の消滅をもって世界は救われる。
ヴァンの言葉に感銘を受けたリグレットであったが、それをそのまま伝えればアッシュが反発することを理解できる程度にアッシュをわかってもいた。あるいはリグレット自身の考えではなく、ヴァンから厳命されていたのかもしれなかったが。
計画にアッシュの力はなくてはならないものだ。今はまだすべてを伝えるべき時ではない。
口を噤むリグレットに痺れを切らしたのはティアだった。
「教官。私は貴方と共に行くために来たのではありません。貴方の真意を確かめるために来たのです」
「それは私の台詞だ。おまえはこの地に詠まれた預言を知っているのだろう。預言遵守はユリアシティの住人の使命だったな。おまえはそんなくだらない使命のためにあのレプリカと心中するつもりか? 閣下はそれを許しはしないだろう。ティア、私たちと共に来なさい」
「お断りします。兄の理想は、ユリアシティの存在と同じぐらいくだらないことだわ」
そこに兄を慕う妹はいなかった。侮蔑と悲しみそして憐れみに満ちた空色(セレストブルー)の瞳。何もかも見透かすかのような晴天の空。
飲まれる、と思った。飲み込まれる、と。
リグレットには十も年下の少女の瞳に怯える自分を認めることはできなかった。自然と口調が荒くなる。それこそが怯えていることを如実に現しているとも気付かずに。
「閣下の何を知っているというのだ」
「少なくとも貴方よりは。兄は憎しみに捕らわれ狂気に酔いしれているだけの愚か者だわ。素直に復讐だと認める潔さもない」
「復讐ではない。閣下は真に世界のことを思っておられるのだ」
リグレットは信じていた。復讐心―――それとも恋心だろうか―――がリグレットの目を曇らせる。真実が見えていないということに気付けぬほど彼女はヴァンを信じ込んでいた。
真実はティアの瞳の中にある。見たくないという思いと見なければならないという思い。自分から逸らすこともできず、沈黙が続く。
その静寂を破ったのは、教団支給のブーツが金属製の床を踏み鳴らす音だった。
「ティア」
男の右手がティアの剥き出しの肩に触れる。名前を呼ばれ、ティアの視線がリグレットから逸らされた。
リグレットはそっと詰めていた息を吐く。
(緊張していたとでもいうのか? この私が、こんな小娘に・・・・・・)
逸らされた視線が再びリグレットに戻って来ることはなかった。閉ざされた瞼。唇が歌を紡ぐ。
「譜歌だと。馬鹿な・・・」
いつか聞いた旋律。抗い難い眠気がリグレットを襲う。
第七音素の枯渇した世界で無力と化したはずの音律士(クルーナー)。しかしティアの歌声にはまだ世界に第七音素が満ちていたころの音律士たちか、あるいはそれ以上の力があった。
何故、と思う。しかしその答えを見つけるより先にリグレットは深い眠りに落ちていた。
リグレットが床に倒れこむ音を合図にティアの歌も終わりを迎える。
「わかってもらえるとは思っていなかったけど・・・・・・」
それでも悔しいのだろう。せめて夢の中ぐらい幸福であって欲しいと思いながら、ティアは倒れた拍子に乱れてしまったリグレットの髪を梳く。
「急ぎましょう。みんなが待っているわ」
立ち上がったティアはいつもの彼女だった。
ティアたちはリグレットと案内役の兵士から武器を取り上げ、タルタロスの牢に収容する。「また逃げられたらどうするの?」
今回ラルゴはいない。しかし丸腰の女一人とはいえリグレットは六神将の一人。今度も逃げられる可能性は充分にある。
「ジェイドからいいモノを預かってきたんだ」
その手には小さな箱が握られていた。タルタロス襲撃時にラルゴから奪った封印術(アンチフォンスロット)である。
譜銃を取り上げ、それ以外の護身用の懐剣などもティアが身体検査をして没収し、封印術をかけ、牢に入れたリグレットに、ティアはナイトメアを念入りに重ね掛けした。これだけの譜歌を聞かせておけばアクゼリュスの件の方が付くまで目覚めるとは思えなかったが、さらにティアは、ジェイドから教わったタルタロスの生命維持に必要な機能以外のすべてを停止するためのコードを打ち込んだ。これでタルタロスは動かすことどころか昇降口(ハッチ)一つ開けることさえできなくなる。アリエッタがリグレットたちと敵対する今、魔物に外壁を引き裂かせるという強硬手段に訴えることもできない。リグレットたちがタルタロスを自力で脱出することはほぼ百パーセント不可能だった。
「前の時はなんで使わなかったのかしら?」
封印術が発動する閃光を見ながらティアが首を傾げる。
その答えは合流後ジェイドの口から明らかになることだろう。



【この話内での特殊設定】
譜歌は第七音素がない世界では威力を発揮しない。(ホーリーソングやリザレクションで回復可能という状況回避のため。第七音素が枯渇した今の世界ではグミなど以外での回復が不可能ってことになっております。今後の展開にたぶん必要なので)
ルーク・アッシュ・ローレライは自らの意志で第七音素を分け与えることが可能。ただし身体の一部が接触している必要がある。
ティアが譜歌を発動できたのはそういう理由です。リグレットが知ることは一生ないと思うけれど。



【封印術(アンチフォンスロット)について】
タルタロス襲撃時に使用しなかったのは、一つしかなかったからです。一人が無事なら逃げ出すことは可能なので勿体無いから使用しなかったようです。今回はリグレットのみ(案内役の兵士は数に入っていません)だったので使用したようです。ラルゴもいた場合はどうするつもりだったのでしょう。



ラルゴはリグレットに「ティアの説得は私に任せてほしい」と言われ同席しなかったことを後悔していた。それと同時に安堵してもいた。
物陰からこっそり窺ったリグレットたちのやり取りは結局物別れに終わった。
そして聞こえてくる美しい旋律。抗い難い眠気。
このままこの場にいては共倒れである。
幸い術者の意識はリグレットに向いていて、今はまだ余剰のエネルギーがラルゴに影響を与えているに過ぎない。今ならこの譜歌から逃れることも可能だろう。
噛み締めた唇から鉄の味が口腔内に広がる。
しかしこの程度の痛みでは眠気を完全に振り払うことはできない。
ラルゴは転げ落ちるようにタルタロスから脱出すると、岩場の陰に隠れた。譜歌の影響がなくなったらリグレットを救出しに行くつもりだった。
ティアたちが出て行ったのを見届けたラルゴはタルタロスに戻ろうとしたが、昇降口(ハッチ)にはロックが掛かっていてどうあっても開きそうにない。
「仕方がない。リグレットは後回しだ」
ラルゴはヴァンと合流するために坑道へと走り出すのだった。

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