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【楽園の水飲み鳥】
欲しいものはこの両手で掴めるモノ。
守りたいものはこの両腕で抱えられるモノ。
クスクスと忍びきれない笑い声がルークの口から漏れる。
「何がそんなに楽しいんだ?」
ゴロリとベッドの上を転がって、ルークは声の聞こえてきた方を向く。
片手に銀のトレー。その上には二人分のティーセット。
本来ならメイドがやる仕事だ。それを自らやるとはどういう風の吹き回しだろうか?
「飲むか?」
「アッシュが淹れてくれるなら」
「高くつくぞ」
ベッドから飛び降りたルークはそっとアッシュの頬に唇を寄せる。
「安上がりだな」
どちらが、だろうか?
渡されたティーカップに立ったまま口を付ける。
本来なら行儀が悪いと嗜めるアッシュもルークと同じようにカップに口を付けた。
「もしかして酒、入ってる?」
いつもと違う紅茶の味と香り。それがブランデーだと気付ける程ルークの飲酒経験は多くはない。
「前祝だ。そろそろ始まるからな」
世界の終焉が見てみたい、と言い出したのはどちらが先だろうか?
辛いことの多かった最初の生。
彼らに過酷な人生を歩ませるその一因を担った至高の存在―――ローレライ。
やり直してみないか、と。そう提案したのはローレライの慈悲だったのか、それとも悪戯だったのか。
どちらでもいいか、とアッシュは思う。ルークも、アッシュが傍にいればそれでよかった。
二人で楽しんでおいで、とローレライが言ったから、二人は二度目の生を楽しむことにしのだ。思うように生きてみよう、と。
ここが自分たちが命を懸けて救った世界の過去なのか、それとも所謂平行世界(パラレルワールド)というものなのか、そういったことはわからないままだ。
二人がこの地で目覚めた時、彼ら以外のすべては彼らの記憶と寸分違わぬ姿で彼らの目の前にあった。しかし、こちらが記憶とは違う行動を起こせば相手も記憶にはない反応を示すから、今彼らの周囲は記憶とはだいぶ違う状態となっていた。
それを二人共楽しいと感じているのだから、ローレライの企みは今のところ成功していると言ってもいいだろう。
地核で―――あれは地核だと思うのだけれど―――ローレライの提案に頷いた二人。
彼らが持つ次の記憶はルーク誕生時のコーラル城だった。
繋がる意識にアッシュは僅かに口角を上げた。
それはルークがルークであるという証。
一度引き離されることは仕方がないことだろう。
しかし、再会は七年後―――そんなことを受け入れるはずがない。
バチカルに戻されたルークは超振動を使った。
その力はバチカルの街の半分を壊滅させる程のものだった。
街を消滅させる力を持った子供。その力は預言に示された繁栄への導き。しかしこのままでは未曾有の繁栄の前にバチカルが消滅するのではないか、と。子供が力を持っていることは喜ばしいことだ。しかしそれをこのまま王都に置いておくことはできない。
ルークは数名の使用人と共にコーラル城に移されることになった。
ルークの身の回りの世話をするメイドが数人。警備の兵が数人。警備の指揮を取っているのはジョゼット・セシルだった。下働きの男たちの中にはガイとペールの姿がある。しかし教師らしき者の姿はない。
国にとって自分がどういう存在であるかが窺える人選だった。ただ生きていればいい。余計な知識は身に付けるな、と。
ルークは笑い出したいのを必死に堪えて、ただ赤子のふりをしていた。
アッシュはかつてと同じように教団の地下から抜け出した。しかし行き先はかつてとは違いコーラル城だ。そこに求めるものがあるのだ。当然だろう。
ヴァンが後をつけていることなど百も承知していた。
彼らはアッシュがバチカルに帰ろうとしていると思っていることだろう。
だから、撒くのは簡単だった。
コーラル城の一室。
眠る子供は赤子のふりをするルーク。
その横で佇む子供は眠る子供と同じ姿形をしている。
その女が覗いていることなど二人とも最初から気付いていた。
「女。死にたくなければ沈黙を誓え」
寝台の脇に立った子供が抑揚のない声で静かに告げる。
誓わなければ死が、誓いを破っても死が待っている。
女は自分のとるべき行動を即座に理解した。
引き攣った喉が声を発することを拒むから、壊れた水飲み鳥のように頭を上下させる。
女は眠る子供が街を半壊させたことを知っていた。その力が繁栄をもたらすとされていることも。しかし使い方を間違えれば繁栄の前に国が滅ぶのではないかと危惧されこの地に移されたのだ。
その世話役を命じられた不運を嘆いたところで、もうどうすることもできない。
終(つい)に立っていられなくなった女は冷たい石畳の床に座り込む。それでも頷き続ける姿は滑稽だった。
「そんなに怖がらせちゃダメだよ。アッシュ」
神の力を持った子供が目を覚ます。
「漸くお目覚めか? ルーク」
子供を起こしたのは同じ姿をした死神の友。
女の恐怖は二倍に。
目覚めたばかりの子供はそれに気付いていないのか、邪気のない笑顔を浮かべる。
「今日はもう下がっていいよ。明日からまたよろしく頼むな」
明日が永遠に来なければいいのに、と女が思っているなんて二人は知る由もなかった。