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「ここでお別れか、次に会えるのは七年後、だな」
ルークは無理して笑おうとして失敗した。
ローレライはルークの涙に弱かった。
「便利な装置があるではないか」
ローレライが悪戯っ子のような笑みを浮かべた。(見た目だけ)人間になってから数時間しか経っていないのが信じられないぐらい人間っぽい表情だった。
「わかった、超振動だ」
「それは装置ではないぞ、ルーク」
「転移用の譜陣か?」
「近いぞ、アッシュ。だが、もっといいモノだ」
ローレライは焦らすのが好きだった。あるいはこれもローレライ流の遊びなのだろうか? それでもルークに涙目で懇願されれば黙っていることなどローレライには不可能だった。ついでに黙っていようものならアッシュがどういう行動にでるかわかったものじゃない。
「ユリアロードだ」
ユリアにできてローレライにできないはずがない。
ダアトとバチカルは光の道で行き来できるようになることが決定した。
名前はどうする? ユリアロードじゃないよな。ローレライが拓くんだからローレライロードか? それはそれでなんだかとってもイヤなのだけれど・・・・・・。
命名・ローレライロード(仮)
その名前が定着する前に何かいい名前を考えようと密かに誓うアッシュだった。
ちなみにローレライは乗り気だ。ルークはあまり気にならないようである。流石はかつて『ルーク橋』を受け入れただけのことはある。
問題はどことどこを繋ぐか、だった。
バチカル側はファブレ公爵家のルークの私室で決定だった。ルークが屋敷に戻ったら早速、などと話していたのだが、ダアト側の出入り口の場所が問題になったのだ。
かつてアッシュが自室を与えられたのは今から数年後のことである。その自室だってヴァンの出入りがほぼフリーパス。そんな状況ではルークの部屋と繋ぐわけにはいかなかった。
アッシュは神託の盾(オラクル)内での逸早い出世を余儀なくされた。
安全が確保されるまではローレライロードの開通はお預け、その間は便利連絡網しか二人を繋ぐものはない。
ローレライが盗み聞き―――盗んでいるわけじゃない、というローレライの訴えはアッシュにより無視された―――していることを気にしていたのは最初だけで、慣れたのか開き直ったのか諦めたのか、ローレライの出歯龜ツッコミなんて無視して二人の世界を構築するのにそう時間はかからなかった。ローレライはルークが幸せならそれでいいので、楽しそうにツッコミを入れながら嬉々として盗聴(だから盗んでないという訴えは/以下略)していたとかいないとか。
一秒でも早く生(生言うな!)ルークに会いたいアッシュは色々頑張ることだろう。
この部屋にベッドなどという気が利いた物はない。硬く冷たい譜業装置。そんなお世辞にも寝心地がいいとは言えない場所であったにも関わらず、二人とも起きるのが勿体無いと思うほど快適な眠りを得ることができた。その理由が初めて寄り添って眠ったことにあるということに、果たして気付いているだろうか。
引き離されたらしばらくは会えないことがわかっていたので、徹夜で話し込むつもりでいた二人とローレライだったが、精神はどうあれ身体は十歳児と作られたばかりのレプリカである。気が付けばお互いを抱きしめた状態で熟睡していたのだ。翌朝ヴァンの気配を感じたローレライが、ヴァンが部屋に入ってくる前に叩き起こすまでぐっすり眠っていた。
意外と使えるローレライだった。もっともアッシュはどうせならヴァンがこの部屋に入れないようにしてくれればいいのに、とか勝手なことを思っていた。
ヴァンが部屋に入って来ると、アッシュは譜業装置の上で横たわるルークを睨みつけていた。しばらく見られなくなる顔を一秒でも長く眺めていたいために凝視していたというのが真相である。眉間に皺が寄っているのは気を抜くと微笑んでしまいそうだからだ(微笑むアッシュ・・・・・・/失笑)
そんなアッシュの様子を見てヴァンは満足気に笑った。
アッシュがレプリカを憎む。レプリカが作られることになった理由―――かつてのアッシュが上書きされる前のアッシュには、キムラスカの実験動物であった彼を憐れに思い苦痛を伴う人体実験から解放するためにレプリカを創らせたのだ、と説明してあったのだ―――を憎む。自分の計画に協力するようになる。
アッシュのデフォルトになりつつある眉間の皺はデレ隠しでしかないというのに、ヴァンはそんな自分勝手な方程式を組み立てていた。
ルークは寝ているふりだ。誕生したばかりで自我のないレプリカであると思い込ましておく必要があるのだが、ルークに演技でヴァンを誤魔化すのは無理そうだったので屋敷に戻るまでは寝たふりでもしとけ、とアッシュに言われていたのだ。薄目を開けてアッシュの姿を窺うことも禁止されたのでほとんど不貞寝状態である。
「俺だってアッシュの顔見ていたかったのに」
ルークの訴えに「鏡でも見ていろ」と言える者はここにはいなかった。
ヴァンはアッシュを部下に任せると、たった今ルークを見つけたかを装ってバチカルに帰還した。
昨夜の話し合いでダアト行きを承諾していたアッシュはおとなしくヴァンに従っていたが、今は失意で呆然としているようだがいつ暴れだすかわからない、と思われているようで罪人護送用の馬車のようなものに乗せられた。鉄格子の嵌った明り取り用の小さな窓しかない粗末な馬車である。座席もお世辞にも座り心地が良いとはいえない。その馬車の中でアッシュはボーっとしていた。
護送を任された部下は色々あったのだから無理もないだろうと思っているようだったが、実際はルークに意識を繋いでいるからである。
ローレライは「混ざるから止めないか」と止めるが、アッシュは「混ざる前にてめぇがどうにかしろ」と止める気はまったくないようである。
ヴァンがルークを抱きかかえていることに悶々としていたが、見たくない光景を見せられることになっても止めるつもりはないようである。
回線が繋ぎっぱなしなのは、「創られたばかりのレプリカの演技なんて無理」と言うルークに、「俺がアドバイスしてやる」という約束をしているのでルークの状況を知っておく必要があるから仕方なく、というのは建前で、ただ繋がっていたいからと言うのがアッシュの本音だろう。ローレライはアッシュの本音がわかっていてからかっているのだが、色々素直になったアッシュはからかわれようが呆れられようが自分の欲望に忠実だった。
世界から預言は消える。
まだ完全ではないが、地上のローレライが地核のローレライをすべて吸収するころには預言は完全に消滅するだろう。
ヴァン(ラスボス)の存在意義も消滅した、はずだった。しかしヴァンの歩みが止まることはなかった。
「預言とローレライを消滅させるためにレプリカ世界を構築する」というのは所詮大義名分でしかなかったということか。ヴァンが何もしなくても近い将来、預言も地核のローレライ―――この世界のヴァンに影響を与えたローレライは地核のローレライであって、地上のローレライはヴァンの復讐相手ではない、と認識しているのは現在起こっていること、これから起ころうとしていることを正しく理解しているモノだけである―――も消滅するというのに、ヴァンはまだ「預言の消滅」に拘っている。
結局、ヴァンは世界に復讐したいだけなのだろう。
かつて「人は変われる」という事実を頑なに拒み続けた姿を思い出せばそれも自ずと知れるものである。
ならば大層な理想など掲げずに「自分に故郷を滅ぼさせた国に、国にホド消滅を示唆した預言に、預言に従って生きることを望む人間に、復讐したいのだ」と本音を言えばよい。しかしそれでは誰も自分に付いてこないとわかっているから、本音を隠して言葉を飾る。それでは耳障りのいい言葉で人々を導く預言と大差ないではないか。
それは違うのだと、ルークは哀しげに呟く。
「師匠(せんせい)が消したいと願っているのは、星の記憶・・・・・・ユリアの預言(スコア)だったんだ」
人々に預言が詠めなくなった理由を知る術はない。そのため大部分の人間は預言が再び詠めるようになる日が来ると信じていたし、ローレライ教団関係者や無能と化した預言士は預言を求める人々に詰め寄られ大変なことになっていた。
今まで預言に頼りきっていた人間たちが簡単にその習性から抜けられるはずもなく、詠めなくなる前に詠まれた預言には嬉々として従っていた。預言通りに過ごしていれば、再び預言を得ることができるはずだ、と。その信頼はどこから来るものなのか。その最たるモノがユリアの預言だったのだ。預言が詠めなくなっても、いや新たな預言が詠まれないからこそ人々はユリアの預言に縋ろうとする。ヴァンが消滅を願ったユリアの預言はまだ生きているのである。
「そのために被験者(オリジナル)を滅ぼそうとした、ってことか」
「俺達は被験者の消滅以外にもユリアの預言を回避する方法があるって知っているけど、師匠はそれを知らないから」
ユリアの預言を消すことができないから、預言に従う人間の方を消すことにした。
奴は本末転倒という言葉を知っているのだろうか? 自分がしようとしていることは個人的な復讐ではなく世界存続のために必要なことだと、思い込みたいだけの詭弁じゃないか。
アッシュは「ヴァンは人間や世界に復讐したいだけなのだ」と結論付けたが、ルークの中にはまだ「大好きな師匠」のまま居座り続けるヴァンがいる。それを忌々しく思いながら、ヴァンを擁護しようとする言葉を聞きたくなくて、その言葉を飲み込んだ。
【ご都合主義な捏造設定その2】
ってことで、ローレライが無茶やった結果生じた問題をここで一度整理しておこう。つまりルーク誕生と時を同じくして第七音素が減少したことに伴い発生した問題のことだ。ついでにお気楽ローレライによる何でもありな解決(されていないかもしれない)方法(ご都合主義で申し訳ないが、今回はギャグなので何でもありな方向で)も併せて明記しておく。
預言は第七音素の減少に伴い、数年以内に完全に消滅することが予想される。元々消滅させるつもりだったので問題はない。ローレライは人々が混乱するとかそういうことを危惧するような性格ではなし、ルークはそこまで頭が回らない。アッシュは確信犯(立派な為政者を目指していたアッシュはどこへ行ってしまったのだろう)である。ただし現時点では数年以内に預言を詠める人間がほぼ皆無になることを予想できているモノはいない。
治癒術はローレライ解放後には使えなくなるので、それが十年程早まったところで問題はないはず。むしろ十年早く譜術に依らない医療の研究が始まるのは望ましい。なんてことまでローレライは考えていないと思うが・・・・・・。逸早く治癒術に見切りをつけた医師などが研究を開始するだろう・・・・・・たぶん。ちなみにアッシュとルークは普通に使える。第七音素を無尽蔵に使えるので威力は普通以上かもしれない。第七音素を使えるのが自分たちだけだとわかった時点で、二人とも治癒術を学ぶのだが、性格的なこともあってルークの方が治癒士としての実力はアッシュよりも上。
生体レプリカは七音素がないので作れないはず。でもレプリカイオンたちには登場してもらいたいので、その辺はローレライ選に依る「みんな」に含まれたってことで例外。レプリカイオンたちはきっと誕生するだろう。地上から第七音素が少なくなると、第七音素のみで構成されているレプリカたちは乖離しやすくなるのではという危惧があるが、何でもできるローレライがどうにかしたということで、普通にしている分には音素乖離のことを心配する必要はない。
【ご都合主義な大爆発の捏造解釈と回避方法】
大爆発(ビッグ・バン)とは? アッシュを構成する音素は乖離しフォンスロットを通じルークに流れ込む。ルークを構成する第七音素も徐々に乖離しているが、アッシュの音素で補っているので表面上は異常なし。ルークの身体で元々ルークが持っていた音素よりアッシュから受け取った音素が多くなった時点で大爆発が始まる。アッシュの音素がルークの音素の大部分を追い出し、最終的にルークの意識は記憶のみを残して消滅。アッシュの意識はルークの身体で目覚める。
フォンスロットを繋がなければいいのだが、便利連絡網が使えないという状況は二人にとって容認できることではなかった。そこで間にローレライが入ることでアッシュを構成する音素がルークに流れることを回避。ルークの音素乖離は避けられないが乖離した分はローレライが補充。多少アッシュの音素が入り込んだとしてもルークの音素を上回ることはないので大爆発は起こらない。しかし便利連絡網での会話の内容はローレライに筒抜け。当然アッシュは大反発した。どんな聞かれたくない話をするつもりだったのだろう。ローレライの計らい―――ルークが喜びそうだと思ったらしい―――で回線は頭痛なしの双方向となった。通常は送る側と受け取る側が了承して初めて繋がる回線だったが、ルークの方には遮断する理由がほとんどない上に、拒否権なしだったかつての癖で常にオープン状態。アッシュの方は普段アッシュの意思で閉じたり開いたりしているのだが、強い感情などでは閉じ切れなくて筒抜けになってしまう。強い感情はルークには聞かせたくないこと?(アッシュってばどんなこと考える気なんでしょう。まぁツンデレだから。心中はデレデレ?) ローレライの教育的配慮によりルークに聞かせたくない思考を遮断してくれるというので、アッシュは渋々了承する。しかし取捨選択がローレライだということを失念したのはアッシュにとって致命的だった。
ルークはアッシュに居場所を返したかった。
「アッシュはバチカルに戻ってくれ。俺がヴァン師匠とダアトに行く」
今の自分ならアッシュのふりぐらいできると思うから、とルークは自分たちが入れ替わる―――入れ替わりの入れ替わりなので、入れ替わってないということになる―――ことを提案した。
アッシュはルークと共にいることを望んだ。バチカルでもダアトでもない場所で二人きりで暮らしたい、と思っていたのだ。見た目が十歳児であることは失念しているようである。
「それでは遊べないではないか」とローレライが駄々をこねた。それでも「どうしてもバチカルとダアト以外の場所がいいというのであれば、我も共に行こう」と妥協した。ローレライ的には妥協であってもアッシュ的には嫌がらせでしかない。
アッシュは「光球連れでは目立つ」とかなんとか、とにかくローレライを諦めさせようと頑張った。
そこでローレライはアッシュとルークを足して二で割って(も同じだと思うのだけれど)少し年をとらせて二十代後半か三十代前半ぐらいの青年の姿を作り出した。
「おまえたちのその形(なり)では保護者が必要だからな。どうだ? 親子か年の離れた兄弟に見えるだろう」
珍しくローレライがまともだ。言っていることは正しいのだが、本音は混ざりたかっただけだろう。
ルークはちょっと面白そうだと思った。アッシュはルークと二人きりが良かったのだが、ルークが嬉しそうだからまぁいいか、と流されそうになった。
しかしそれをしてしまっては色々問題があるのではないだろうか、と。最初に気付いたのは誰だったのか。
結局、かつてと同様にアッシュはダアト、ルークはバチカルということになった。
二人揃ってバチカルに帰ってしまっては、キムラスカが混乱するし、ヴァンを野放しにするわけにはいかなかったからだ。
「今のうちに殺(や)ってしまうか」というアッシュの提案は、「師匠を倒さなくたって世界を救うことはできるはずだ」というルークと、「それでは遊べないではないか」というローレライにより却下された。
ルークの希望した入れ替わりの入れ替わりは、アッシュが却下した。あんな殺伐とした場所、殺伐とした仕事などルーク相応しくはない。ファブレ公爵家はたとえルークを閉じ込めておくための箱庭であったとしても、いやだからこそ安全だけは保証されていたので、アッシュとしては自分が傍にいられない間はファブレ公爵家でおとなしくしていて欲しいと望んだのだ。望まれたっておとなしくしているようなルークではないということをアッシュはすっかり失念していた。
ローレライはルークの望みを叶えるために、ルークが作られた時に戻ったのだと語った。
「俺、そんなこと望んだか?」
ルークは首を傾げた。
それに対してローレライは平然と言い放った。
「みんなで遊びたかった」と言ったではないか、と。それは「作られた時からやり直したい」という意味ではなかったのだけれど。
ローレライを解放した時点では死んでしまったモノも多く、このままではルークの望みを叶えられないと思ったローレライは、誰も死んでいない時に戻せばいいのだと思いついたのだった。
ルークは「みんなと遊びたかった」と言った。それをローレライは「みんなで遊びたかった」に変換。もちろん確信犯である。「と」と「で」の違いは大きいのだが、ルークは気付いていない。きっと最後まで気付かないだろう。後年アッシュはこのたった一文字が物凄く大きな違いであったことを思い知らされることになるのだが、ローレライに反対しても無駄であると悟っていたし、それ以上に自身も賛成しているところもあったので放置することにしたようである。
「みんな」=「玩具」なんてことは・・・・・・。えぇ、違います。「=」ではなくて「≒」ぐらいで(苦笑) 憐れにも玩具に分類されてしまった「みんな」と悪戯仲間に分類された「みんな」がいたりだとか、両方に該当している「みんな」もいたりだとか。分類の基準はローレライの独断と偏見だった。(→ え? それってつまり管理人の・・・・・・以下略)
戻ってきた理由はわかった。
しかし目の前の存在はなんなのだろうか?
光球はローレライだと名乗った。それを疑っているわけではない。しかし、ルークが誕生した時点ではローレライは地核に閉じ込められているのではなかっただろうか?
―――もちろん閉じ込められているとも。そのローレライと我は同じであって違うものだ。おまえたちの関係と似たようなものだな。
つまりこういうことらしい。
ローレライは戻ってきた。しかしこのまま地核のローレライに戻ったらまた閉じ込められてしまう。それではルークたちと(で?)遊べないではないか。
そこでローレライは考えた。
ローレライは第七音素の意識集合体だ。第七音素は地核にあるものがすべてではない。ローレライは地上にある第七音素を集めてみた。それが今ルークたちの目の前にいるローレライである、と。
「ってことは、地核にもいるってことだよな」
―――そうなるな。
被験者(オリジナル)とレプリカのようなもの。とは言え、どちらが被験者でどちらがレプリカなのか。
この場合「レプリカは第七音素のみで構成されている」という定義には意味がない。どちらも第七音素のみで構成されているからだ。第七音素の量で言えば、地核に閉じ込められているローレライの方が現時点では上だろう。しかし知識や経験値といったものは地上のローレライの方が上だ。分が悪いのは地核のローレライの方ではないだろうか。しかしこの場に地核のローレライに同情するモノはなかった。
歴史を道に例えるのであれば、ルークの存在は舗装された道に落とされた小石。そんな小さな石でさえも蹴躓いた人に道を違えさせることは可能であった。ローレライを石に例えるならばそれはどれ程大きな石になるであろうか。それも音譜帯より落下してきた石だ。宇宙から地上に落ちた隕石のように、その落下地点には大きなクレーターができた。それこそ、そこに道があったことなどわからぬ程に。かつて道があった場所を歩むことなど叶わぬ程に。しかし道の存在を見ることのできない人は、道があったことを知らなければ、道がなくなったことも知らない。それでも人は歩みを止めることはできない。そう人は道がなくとも歩けるのだ。
約2000年の間、知らぬまに舗装された道を歩かされてきた人は、今また知らぬまに未開の荒野を歩むことになったのだった。
第二のローレライの誕生。
それは地上から第七音素が消え始めた瞬間だった。
預言士(スコアラー)や治癒士(ヒーラー)がその能力を失う日も近いだろう。今はまだ自身の体内に蓄えた第七音素や、ローレライが回収し切れなかった第七音素があったので、まったく使えないわけではない。「今日は威力が弱いなぁ。体調が悪いのだろうか?」程度にしかその変化が感じられないかもしれなかったが、そう遠くない未来には一部をのぞき全部回収できるだろう、というのがローレライの予測である。
―――まだすべてを集めきれたわけではないからな。
ローレライは言った。
今はまだ小さな意識集合体にしか過ぎない。しかしこれから自らを構成する第七音素を増やしていけば地核のローレライをも凌ぐ存在になれるはずだ、と。
地上のローレライは普段はアブソーブゲートに常駐し、第七音素が地核のローレライに戻る前に回収する予定だと語った。
「ラジエイトゲートじゃないのか?」
―――第七音素は記憶粒子が音譜帯を通過する際に発生するのでな、アブソーブゲートで回収した方が効率がいいのだ。
打倒! 地核のローレライ!(趣旨間違えています)
【ご都合主義な捏造設定】
ラジエイトゲートから吹き出された記憶粒子は音譜帯を通過しアブソーブゲートから地核に戻る。その際に新たに発生した第七音素の大部分は、同じ音素は惹かれあう性質があるので地核のローレライに引き寄せられ大部分が地核に戻ることとなる。その結果、地核のローレライは自らを構成する第七音素を増やし、その力を増大させていた。
第二のローレライが地上に誕生したことで、地上に浮遊している第七音素は第二のローレライの元に集まるため人間が自由に利用できる第七音素は減少。また地核に戻ろうとする第七音素はアブソーブゲートで第二のローレライが回収しているので、地核のローレライを構成する第七音素は徐々に減少し最終的に消滅。その分地上のローレライが強大になっていく。
それが地上のローレライの予測であり、希望であった。
偶然の産物ではあったが、パッセージリングを止めなくても、生体レプリカを大量に作って第七音素を消費しなくても、世界から人間が自由に使える第七音素は消滅することになったのだが、現時点でそのことを正しく理解できているモノはいなかった。
ローレライはただ自由を望んだだけだ。強大な力を得るために大量の第七音素を集めようとしてはいたが、それによって預言が詠めなくなるとか、治癒術の使用が不可能になるとか、そういったことまでは考えていなかった。
アッシュはローレライが第七音素を集めていると知り、ルークのことを心配しただけだった。第七音素のみで構成されているレプリカはローレライに吸収されてしまうのではないか、と。
もっともアッシュの心配対象はルークのみだった。他のレプリカについては吸収されようがされまいがどうでもいいと思っていた。しかしそう思っていることがルークに知られるのはまずいだろうとも思っていたので、顔に出したりはしない。そしてアッシュにとって都合のよいことに筒抜け思考はローレライにより遮断中だったためルークには伝わっていなかった。ローレライがアッシュの思考を遮断していた理由については後ほど改めて語るとしよう。
―――我をあまり見縊るものではないぞ、アッシュ。
ローレライは色々ご都合主義な存在だった。
音素にマーキングをしてルークを構成している音素は回収しないようにしているらしい。ついでにレプリカの身体は構造上乖離しやすいので、音素が足りなくならないよう補充までしているということだった。うっかり、いやもしかすると確信犯なのかもしれないが、補充しすぎてルークがほぼ無敵状態になっていることもあるとか、ないとか(常にオーバーリミッツ。治癒術や秘奥義バシバシ使ってもTPが減らない状態)。
ルークだけ強くなっていることを不満に思ったアッシュは、自身にも第七音素を補充するようにローレライに強請った。アッシュには強請ったという自覚はなかったのだが、同位体(愛し子)の可愛いお強請りだと受け止め、こっそり喜んだというのはローレライだけの秘密である。
これによりアッシュとルークは第七音素を無尽蔵に使えるようになった。
「何でもありだな」
好都合ではあったが、かつての苦労を思うとアッシュには手放しでは喜べないものがあった。あの時今の十分の一でもいいからローレライの助力が得られていたのであれば・・・・・・、いや今更言っても詮のないことである。それよりも今こうしてルークと共にいられることの方がアッシュには重要だった。
―――我だからな。
ちなみにルークはローレライが何をしたか半分も理解できていなかったが、ローレライが何かすごいことをやったということはわかったらしい。
「すげぇ~な~。ローレライ」
誉められたローレライは非常に嬉しそうに瞬いた。
夢なのに触れる感触がある。
夢なのに暖かい。
夢なのに浅く息衝く呼吸。
夢なのに耳に響く鼓動。
「夢ならさっさと目覚めろっつうんだ。この寝惚けが!」
アッシュは短気だった。
怒鳴ってから、気付く。
「ち、違うぞ。俺じゃあない。起きるのはおまえだ」
がくがくと、両肩を掴んで揺する。
ルークを覚醒させたのは、その揺れよりも勢い余って打ち付けた後頭部の痛みが原因だった。
寝ぼけ眼で涙眼。
アッシュはまだ夢の中にいた。
そして己もまたルークと同じ十歳児の身体をしていることを失念していた。いや、ただ気付いていないだけか。
不覚にも可愛いと思ってしまったのだ。
親が子を、兄が弟を、大人が子供を可愛いと思って何が悪い。
実年齢差が八年もあるのだから可愛いと思っても問題ない。アッシュは自分を十八歳、死亡した時の年齢であると思い込んでいた。
それにこれは夢なのだから。
アッシュは開き直った。むしろ己の心に正直になったと言うべきだろうか。
「可愛いじゃねぇか」
台詞も表情も慈愛とは程遠いものであることを指摘できる人間はいなかった。そう、人間はいなかったのだ。
「アッシュ?」
コテンと首を傾げる。
「疑問形で呼ぶんじゃねぇ。俺以外の誰だと言うつもりだ? てめぇは」
疑問形だったのは、ルークの知るアッシュの表情ではなかったからだ。もちろん外見が十歳児であるということもある。
しかしアッシュは自分がどんな表情をしているか、わかっていなかった。ついでに自分が十歳児であることもわかっていなかった。
ここに鏡はない。鏡であるはずのルークに今のアッシュと同じ表情をすることは不可能だろう。
それほどまでに凶悪。それほどまでに妖艶。
それのどこをアッシュであると認めたのか? あるいはアッシュの勢いに負けたのか?
「アッシュだ~」
ルークはアッシュに抱きついてその胸に顔を埋める。
行き場をなくしたアッシュの手は暫し宙を彷徨い、結局ルークの背に落ち着いた。
たとえそれを望んでいたとしても、現実だと知っていたら甘受できなかっただろう。
だけどアッシュは夢だと思っていたから。
安心するなだとか、意外と抱き心地の良いものだなだとか、柔らかな髪だなだとか。
アッシュの心中は己の感覚に正直だった。
それがルークに伝わっているとも知らずに。
朱色の髪の間から覗くルークの耳が、その髪に負けぬほど赤く染まっていることにアッシュが気付くまで、それは一方的に流れ続けていた。
逆流を許さぬほどの奔流だった。
ルークが泣いている。
それが嬉し涙だとわかったから。
もう少しこのままでもいいだろう、なんて。
この均衡を打ち破ることのできる唯一の存在。すべての元凶にとって、時間の流れは人間とは異なる速度で流れるものだった。
待たされることは苦痛ではないのだ。
―――それにしても、そろそろ二人の間に体格差がないことに気付いてもいいと思うのだが。
アッシュはまだ気付いていなかった。
これが夢ではない、ということに。
ローレライの力によりルーク誕生時に戻ってきたのはローレライだけではなかったのだ。
アッシュもまた戻ってきたモノの一人だった。
しかし彼はローレライがやったことを知らなかった。だからこれは夢だと思った。
夢の中でアッシュは己の欲望に忠実だった。そしてコレが夢ではないと気付いたのは取り返しがつかない状態になってからだった。なので、アッシュは開き直った。開き直ったアッシュは色々恥ずかしい存在だった。
声を掛けるのもはばかられるという状況に、ローレライは戸惑っていた。
以前の彼(あるいは彼女/音素の意識集合体に性の区別はあるのだろうか)であれば、相手の状況などおかまいなしに言いたい放題、やりたい放題が当たり前だったが、そんな彼(あるいは彼女/面倒なのでとりあえず『彼』ってことにしておこう)もこの二年で色々と学んだ。
―――漸くおまえたちと遊べると思ったのだが、馬に蹴られて死ぬのは御免だからな。
使い方は間違っていないはずなのだが、何かが間違っている。が、その間違いに気付けるほど彼は世慣れてはいなかった。
―――ふむ、子供のころのアッシュは随分と素直だったのだな。
外見は確かに十歳児なのだが、果たして精神までそうだと言ってもいいものだろうか? この場合は子供だから素直というのとは少し違うと思うのだが。
ローレライは一人(音素の意識集合体を数える時に添える語として『人』という文字が相応しいのか否かはわからないが、他に適当な文字も思い浮かばない上に、最大で七、その程度の使用頻度しかないものに悩むのも馬鹿らしい。この際『人』でもかまわないだろうか。ローレライも気にしてはいないようだし、『人』でいいとしよう。『匹』とか使った日には超振動でぶっ飛ばされそうな気がするのはきっと気の所為ではないはずだ)放って置かれて退屈だったのだろう。互いの存在確認に夢中で周囲の見えていない同位体二人を観察していた。
―――ルークはあまり変わらないな。
最後に会った時と比べ外見的には恐ろしく違うと思うのだが、音素振動数で固体識別をしているらしいローレライにとって見た目は大した問題ではなかったらしい。評価の対象はあくまでも中身ということだろうか? そういうことであるならば「子供の頃の」という接頭語は間違っていると思うのだが、かなり饒舌になったとはいえ学習期間二年ではこれが限界であったようだ。
―――二人とも、そろそろ我の存在に気付いてはくれないだろうか。
そして身体という概念を持たない存在にとって、思うということは同位体限定であったが、伝えるということだった。
「さっきから、ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃと・・・・・・うるせぇんだよ!」
アッシュは短気だった。
その声が誰のモノであるかだとか、どこから聞こえているかだとか、確かめる前に怒鳴っていた。
ビクリ、とルークの肩が震える。
実際はどうあれ、現状は二人きりだ。少なくともそのように見える。
ルークはアッシュの不機嫌な原因は己にあると思った。
アッシュの感情の奔流に流され、ルークにはローレライのただ漏れ思考は伝わっていなかったらしい。
「アッシュ、アッシュって、俺、うるさかったよな」
ルークの翡翠に喜びとは違う涙が浮かぶ。
アッシュは短気だったがそれ以上に照れ屋だった。
ルークに名前を呼ばれて嬉しかったのだと、他の言葉を忘れてしまったのではないかと思うほど「アッシュ」と連呼する姿に幸せを感じたのだと、心は正直だったのだが、口下手だった。
引き止める言葉も見つけられず、離れていくルークを睨む。その眉間の皺がさらにルークを遠ざけているとも気付かずに。
大丈夫、眉間に皺が寄っていたって、屑やレプリカとしか呼ばれなくったって、アッシュが生きていてくれるのならそれでいい。憎まれていたっていいんだ。
幸せな夢から覚めたルークの卑屈根性は絶好調だった。
先程まで抱きしめられていたという現実を夢だと思い込むあたり、さすがは同位体だというべきか。あるいは今二人でいること自体も夢だと思っているのかもしれない。夢なのにアッシュが優しくない。それでもここにいてくれるのだから、それでいいのだと。
見事な悪循環を形成した外見十歳児二人。
第七音素の意識集合体はどうやったら二人に現実だと認識させることができるだろうかと、ない頭(知能がないではなくて、抱えるべき肉体がないという意味である。なんとなく前者でもいいような気がする、なんて言った日には超振動で/以下略)を抱えた。
ルークは混乱していた。
目の前にいるのは十歳児のアッシュ。確認してみたら自分も十歳児だった。
ってことは、今は自分が作られた時、だろうか?
それにしてはアッシュは信じられないぐらい優しい。調子に乗って抱きついていたら怒鳴られた。
やっぱりアッシュだなぁ~とルークは思う。
これは己の見せた願望だろうか?
と思っていたら光球が現れた。光はローレライと名乗った。